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ブータンの民族について

国王生誕祭に集まったブータンの少女たち

ブータンの歴史について」と併せて読んでいただけるとお分かりいただけると思いますが、ワンチュク王朝が成立するまでは国家としての体裁は保っていたものの内乱が絶えなかったという歴史からも分かるように、ブータンは多民族の集合体で成立している国です。
現在のブータンでは、居住している民族をチベット系の「ドゥクパ Drukpa」とネパール系の「ローツァンパ Lhotshampa」の2系統に分けているのが一般的ですが、ネパール系住民の難民問題などもあり非常にデリケートな部分ともいえます。
国内の民族構成自体はおおよそ明らかになってはいますが、正確な人口比率などの数値は公表されていません。

ドゥクパ

ドゥクパとは「ブータンの人々」を意味し、広義に「ブータン人」を表す言葉として定着しています。ドゥクパは元々チベットから移住してきた民族で、現在では居住する地域によって「ガロップ」と「ツァンラ(シャーチョッパ)」の2つの区分に分けられています。
「ガロップ」はペレ・ラ以西の地域に居住し、現状国策として強化されつつある「ブータンのアイデンティティ」はガロンの文化、言葉をベースに規定されたものです。9世紀頃にチベットから移住してきたとみられ、この地にチベットの文化や言葉を持ち込んだのもガロップとされています。
また、ガロップに括られる範囲として「ブムタンパ」があり、その名の通り中部ブムタン地方を中心に居住している民族で、ガロップよりもより古い伝統的なチベット文化を残していると言われています。
「ツァンラ(シャーチョッパ)」は主に東部のタシガン、モンガル、ペマガツェルなどに居住する民族で、ガロン・ブムタンパと違いそれ以前のブータンの文化・歴史を継承する民族で、出自は不明ですがビルマともアッサムとも言われています。

ローツァンパ

ローツァンパとは「南の人」を意味し、主に19世紀末にネパール・インドから労働者としてブータン南部の平野地域に移住してきた人々です。従って、民族という括りは厳密には正しくありませんが、便宜上ひとまとめにされることが多いグループです。
ブータンの歴史について」でも説明しているように、1989年の「ブータン北部の伝統・文化に基づく国家統合政策」にブータンにおけるマイノリティであるローツァンパは反発し、多くの難民を出す事態となってしまっていますが、彼らの問題点としてはブータンに定住し国籍も取得しているにも関わらず、ネパールやヒンドゥー教に基づいた生活様式や文化を頑なに守ることで、国家に対して非協力的な態度を取っていたということも挙げられます。

少数民族

主に北部の山岳地帯に多く居住していて、ガサ県のラヤ、ルナナやリンシなどの遊牧民族が知られています。
その他、北東部の山岳地帯のブロクパや中国によるチベット侵攻から逃れてきたチベット人など、多くの少数民族がブータン国内で居住していますが、正確な数や分布はハッキリしていません。